夜の島

夜その島から明かりは消える、それと同時に人々も消える、笑い声も消える、赤ん坊の泣き声も、鳥も空も、大地も雲も、海もビルも全てが消える。夜になった途端に全て消える。

全部すぐに消えるとわかっているのに、夜になるその瞬間まで人々は完璧を貫き通したり愛を伝え合うのに必死で、最後に生きててよかったなんて口にする。それが美しいと誰もが思っているのはそれがないと平和が保たないから。

どこにも素晴らしいものもなくて、どこにもくだらないものもない。本当は歴史も全部でたらめで、誰かが終わりまでの筋書きを書いている。それに基づいて自分たちは動いているのに、誰も気づかない。だって、気づく前にいつも消えるから。

 

どれだけ回ってもまた同じところに戻ってくる。どのくらい苦労をしても、どのくらい楽をしても、後悔しても満足してもまた同じことを繰り返す。記憶はなくなる。いつも同じ。

だからもう疲れた。気づいてしまった島民は、ほんとはこっそり一人ずつ島から抜け出していた。夜になる1分前に、誰にも気づかれずにその島から出れば、彼らはそのまま生き延びることができた。でも、彼らは島から出ても、また同じことの繰り返しだった。彼らだけが記憶を持ったまま同じ人生を繰り返した。それはたまらなく、退屈だった。

 

彼らは島に戻ってきた。一人残らず、退屈に耐えきれなくなった。だけど残っていた島のみんなは彼らを覚えていなかった。どんな歴史書にも彼らのことは載っていなかった。何故なら抜け出した後の夜に1つ残らず消えていたからだった。彼らは激怒して、こんな島滅びてしまえと、戦争を起こした。島は彼らの願い通りに滅びた。一人残らず、消えた。

 

 

彼らが滅びさせてしまったせいで、機能しなくなってしまった島が、幾度夜を迎えても彼らを消すことができなくなったから、彼らはどんどん老いていった。彼らは島を抜け出す日の年齢から先を経験したことがなかったから、死の恐怖に怯えた。残った者だけが滅びた島の真ん中で食べ物も着るものもなく身を寄せ合って、毎晩消えないことを願った。お互いに希望を語り合った。自分が壊滅させた島や、自分が殺した島民に、毎晩懺悔した。だけどやっぱり、老いていくだけで、死ぬことが出来なかった。記憶もずっとなくならないままだった。毎晩絶望と空腹と闘いながら、死ぬことだけが出来ないまま、また島は夜を迎えて、だけどもう死んだ島は、彼らのことを許していたし、もう忘れていた。彼らだけに自分たちのしたことの記憶と付き纏う罪悪感だけがあって、それだけだった。

 

何年も何十年も時が過ぎて、一羽の鳥が死んだ島にやってきた。真ん中で身を寄せ合って空を見据えている彼らを見て、鳥は彼らの目をついばんだ。彼らは涙を流した。やっと終わりが来たと、あんなに怯えていた死が来てくれたと喜んだ。喜んで、今まで流すことのなかった涙が流れて、それが島の周りを覆って海になった。その海で、やっと彼らは終わりへと流されていった。鳥はその島に住み着いて、鳥がまた新しい文明をもたらした。島は栄えて、また夜になると全てが消えるようになった。もう誰も島から出ることはなくなった。その分に見合うだけ、希望と絶望が用意され、海には時たま鮮やかな光を反射させた。全てが消えるサイクルが一番誰も苦しまない摂理を誰よりもわかっていたのは、何十年も経った後、この島にやって来た一羽の鳥だった。

 

もうこれで誰も苦しまないと、毎回夜になって自分や周りの全てが消えるたびにその鳥は思った。ただ何故か、自分がついばんだ目の持ち主たちが、どこかで間違っていると叫んでいるような幻聴がやまなかった。彼らには目を失った以上、真実も嘘も見えないのだから、もう現実に彼らは消えてしまったはずなのに、どこか見えないところで真実も嘘もわからずにまだサイクルやルールに抗っていた。鳥にはそれが理解できなかったから、いつも無視して消えていった。消えてしまえば終わりだし、どこにいるのかもわからない声に怯える必要などないと思っていた。案の定その島で鳥が消えると鳥の記憶も全てが消えたから、鳥はいつも消える直前に不可解に思うくらいだった。だからもう、彼らの声は届かない。いつまでたっても報われずに、やっぱり自分たちがどこにもいなくなったって、昔の自分たちの誰かから許されない行動を懺悔する。消えても消えない呪いが、いつまでもこの島を動かしていたのだった。この島が動くのも消えるのも、全てはその呪いが生まれるという未来と、生まれてしまった現実と、生まれたら呪いは消えないという過去の現在のルールに則っていた。彼らは永遠に、自分たちがわからずに、ただただ苦しんで、その島を動かしたり消したりを繰り返した。そのことにもう、誰も気づけない。歴史にも残らずに、誰かが助けに来ることもない。だけど不思議と苦しくないのは、本当の意味で苦しみがないのは、自分たちが消えていながらに実際は見えないところに存在していたからだった。

 

夜の島は今日も生まれ、今日も消える、今日も生まれたまま消えていく。一度に全てを生み出して、一度に全てを消してしまう、そんなことができるのは、全て彼らの生み出した反逆と、そこから派生した呪いのお陰だから、この島はいつまでも動いている。綺麗なまま、生まれたまま、なにかを愛する姿勢を保てる、それが全て本当は誰かのお陰で回っている。本人も知らないところで、誰かのマイナスは、回り回って誰かのプラスになっていく、そしてそんな事実もそんな全ての人の才能も世界中に知れ渡ることなく、世界中がそれらを嘲笑って、今日も消える、消えるのに誰かを愛したくて仕方ないので、今日も島は愛すべき無駄を抱え込んだまま、全てをなかったことにする。もし、誰かがこのどうしようもないどこにもない明日の存在に気づいてしまったとしても、もう逃げ出す必要はない。絶望する必要もない。だってもうそんな暇は用意されていない。だから私たちは、本当は気づいているのに、気づかないふりをして、なかったことにしながら、無駄を生み出す。生まれたまま、消えていく。